中学生で出会った棒高跳。アジアジュニア大会で優勝・世界大会出場経験があり、
ハイレベルな世界で戦い続けている尾﨑コーチに冬季練習の在り方について直撃しました!
1年間の分け方
陸上競技選手の1年間を区分けすると、下の4つの期間に分かれます。
・鍛錬期(一般的準備期)
・仕上げ期(専門的準備期)
・試合期
・移行期
冬期練習は鍛錬期(一般的準備期)と仕上げ期(専門的準備期)に当たります。
鍛錬期(一般的準備期)の過ごし方
鍛錬期では「低めの質で多くの量をこなし、基礎体力を高める」ことが重要です。
鍛練期(一般的準備期)は次のシーズンに向けて基礎体力の向上を図ることを目的とし、
主に全身運動(サーキットトレーニング)やエンドレスリレーなどのトレーニングを行います。
専門的トレーニングよりも基礎的トレーニングや基礎体力を鍛える場面が増えてくるため、
特定のトレーニングに偏らず、体力を全般的に鍛えることがポイントです。
トレーニング強度や身体を鍛える場面が多い分負担も積み重なってくるため、
トレーニング前のストレッチやウォームアップ・クールダウンと
その後のセルフケアは欠かさず行い、けがをしないための身体づくりを心掛けましょう。
仕上げ期(専門的準備期)の過ごし方
仕上げ期では「目指す大会に向けて徐々に量を減らし質を高めながら状態を仕上げていく」ことが重要です。
仕上げ期(専門的準備期)はシーズンに入る前(2~3月)の時期となります。
気温などが整ってくる時期のため徐々にシーズンに向けて専門的なトレーニングに移行し、
試合の形式に近い内容でトレーニングの質を上げていくことを目的とします。
トレーニング内容はスプリントドリル・加速走・スタートダッシュといった1本1本の出力を上げるトレーニングを取り入れていき、質を上げていきます。
ですが、急にトレーニング内容を切り替えたり、出力を一気に上げたりするとケガのリスクも一段と高くなります。そのため、急激なスピード変化は行わず、徐々に出力などを上げていくことを意識するとリスクを抑えながら出力を高めていくことができます。
また試合のシミュレーションを行いながら集中してトレーニングに励むことでイメージを持ちながら試合に備え自分の身体に落とし込むことができるためより効果的です。
試合期の過ごし方
試合期では「実際に目指す大会に臨み、より高い質を求めていく」ことが重要です。
試合期は、実際のシーズン中の期間(4月~10月)となります。
この時期は鍛練期・仕上げ期で積み重ねてきたトレーニングの成果を発揮する最高の時期です。
試合までの日程を逆算しトレーニング内容を組み立て、目標とする大会に向けてコンディションを整えていくことがとても重要です。
試合期は大まかに前期(4月~7月)と後期(9月・10月)に区分けされており、間の8月は中間準備期といいます。冬期練習の準備期のような期間を設け専門的体力などをもう一度高めて試合期の後半へ備えていきます。
年間を通して記録会や大会は数多く開催されており、試合期中は毎週試合が開催されている場合が多いです。そのため数多くの試合に出場し、記録会や大会を活用することも1つの手段ですが、
試合数が多くなるということは出力を上げる場面が多くなるということでもあり、身体への負担も重くのしかかってきます。
試合数が多くなりすぎないように大事な試合や重要な試合はしっかりと抑え、
年間の計画をうまく立てていきましょう。
移行期の過ごし方
移行期では「心身の疲れを取り、1年間の反省をする」ことが重要です。
移行期ではシーズン中に頑張った自分の身体をリフレッシュする期間のことを言います。
主に11月を移行期間として、この期間中に頑張った自分を休ませ心身共に疲労を回復させることがとても重要です。
身体を休ませることの他に、次のシーズンに向けた目標を立てることもとても大切です。
1年間の反省と来シーズンに向けての目標を立て、自分自身としっかり向き合いましょう。
この時期のトレーニング内容は球技スポーツを活用したり、コントロールテストを行い、
今の自分の状態を把握してみることも良いかもしれません。
この時期は様々な種目にチャレンジして得意不得意の種目を探しながら自分の適性種目や
適正なトレーニングを確認することも必要になってきます。
冬期練習でたくさんのトレーニングを行う理由
トレーニング強度を上げ身体的パワーをつける
シーズン中に自己ベストが更新できた選手やベストには届かなかった選手など様々な選手がいると思います。より良いパフォーマンスを発揮するためにトレーニングを行うことは大切ですが、試合の多いシーズン中に強度の高いトレーニングに取り組むことは難しいです。
オフシーズンである冬の間にシーズン中にあまり取り組むことのできなかった強度の高いトレーニングを行うことで、効率よく身体を強くすることができパフォーマンスの向上へとつながります。そのため、冬にどれだけトレーニングの貯蓄を溜められるかがとても大切になります。
また、シーズン中に気づいた自身の課題を解決するために必要な準備期間でもあります。移行期で他の種目やコントロールテストに挑戦すると、自分の強い部分や弱い部分をより明確にすることができます。
それらを通して気づいた点を冬期練習で克服していくことで、昨年達成できなかった目標や成績に近づく、あるいはそれを達成することができます。
基礎練習からやり直し技術的に新しい感覚を身に付けるため
昨シーズンの記録が良かった要因として「良い走りができた」「良い跳躍ができた」「良い投げができた」など必ず良い部分があったと思いますが、次の目標へと向かってそれを達成していくには今の良い動きを一度崩し、もっと良い感覚を身に付けていくことが大切です。
もちろん、自分の良かった動きを崩すには勇気が必要ですし、怖いと思うかもしれません。
僕自身も走り方や跳び方を変えるとなった瞬間はとても勇気が必要だったし恐怖心もありました。
ですが、その恐怖心はその時だけのもので、一度勇気を振り絞ってしまえば思っていたより上手くいくことがほとんどでした。
また今までと全く違う感覚をつかむことができ精神面にも余裕が生まれてきます。
冬期練習の間に今一度基礎を見直し、今までなかった感覚を見つけることでさらに良い動きや迫力のある走り・跳び・投げへとつなげていくことができます。
またこういった新しい感覚・技術は自分の専門種目以外で見つかる場合が多くあります。
技術トレーニングだけでなく、w-upや他のトレーニングにも積極的に取り組むことができるのが冬期練習のならではと言えます。
昨シーズンにできなかった技術を身に付け、さらに成長した自分を発揮していくために、
様々なトレーニングに挑戦にして、パフォーマンスアップを図ることが冬期練習でトレーニングを積む理由にもつながっていきます。
冬期練習でトレーニングを行うときのポイント
ただ量を増やすだけのトレーニングはしない
冬期練習でトレーニングを積むことはとても重要ですが、
トレーニングをするにあたり「どのようなトレーニングをするか」がとても大切になります。
何も考えずに走り量だけを積むトレーニングや、本数だけを淡々とこなすトレーニングでは
その距離や本数に慣れるだけで実際のパフォーマンスでは発揮しにくいです。
もちろんトレーニングをこなすことは大事ですが「常に自分がどんな走り・跳び・投げを
したいのかイメージを持ってトレーニングをこなすか」が重要なポイントとなります。
普段の出されたメニュー1つ1つをただこなすだけではなく、しっかり明確なポイントを持って
これから残りの冬期期間で考えて取り組みましょう。
サイクルをつくってトレーニングに取り組む
冬期練習でのトレーニングの目的は来シーズンに良い成績を達成することなので、その日その日のトレーニングの結果にとらわれてしまってはいけません。日々のトレーニングでの成果を長い目で見て、目標の試合に向けて力を発揮できるように準備していくことが大切です。
トレーニング量を上げるとシーズン中よりも強度が高くなった動きが増えていき、身体への負担も大きくなっていきます。その負担が大きすぎてケガや痛みにつながってしまっては、とてももったいない冬期練習期間を過ごしてしまうことになります。
そのため、冬期期間では必ず「サイクル」をつくってトレーニングに取り組みましょう。
例えば、1か月のうち最初の3週間は少しずつトレーニング強度を上げていき、残りの1週間は少し強度を下げた週をつくったりと、1か月の中で強度を上下させるサイクルをベースにトレーニングをすることで、ケガを防ぎながらより充実した冬期練習を行うことができます。
取り組んだトレーニング内容を必ずフィードバックする
シーズン中よりもトレーニング量や質が上がるため、身体全体が強化されていきます。
シーズンに入りトレーニングの成果を試合で順調に発揮できれば良いのですが、必ずしも期待通りの結果が得られるとは限りません。そのため、常に結果を受け止めまた新たな目標設定や積極的にトレーニングに励めるよう「フィードバック」を行う必要があります。
フィードバックをすると、トレーニングの最中には気づくことのできなかったポイントや意識していたこと、イメージしていたことを振り返ることができ、次のトレーニングに向けて必要なことを再確認することができます。
フィードバックの方法のひとつとして、ノートなどに練習日誌を書くという方法があります。
その日のトレーニングの目標や内容はもちろん、睡眠の状況や食事の状況を記載しても良いと思います。日誌を書くことによって、自身の体調やけがの調子、トレーニングへの意欲など身体と心のコンディションを管理することができるため、次の練習にとても役立ちます。
日誌の内容を最初から詳しく書きすぎてしまうと、日誌を書くことが負担になってしまうので、
最初は負担にならないペースで書き、フィードバックを行うクセをつけていくと良いと思います。
ユース期の冬期トレーニングメニューの例
基礎3:走り4:技術3 の割合で取り組む
月曜日 | 動的ストレッチ、流し、サーキットトレーニング スプリントトレーニング(セット走やディセンディング走) |
火曜日 | ハードルドリル、流し、ハードリング走 自重やメディシンボールを使った補強、体幹補強 |
水曜日 | 動的ストレッチ、流し、技術系トレーニング、全身系補強 |
木曜日 | 休み |
金曜日 | スプリントドリル、流し、往復走 エンドレスリレー、自重での補強 |
土曜日 | ハードルドリル、流し、技術系トレーニング、体幹補強 |
日曜日 | 休み |
練習のポイント!
ユース期はまだ身体が形成しきっていないため、しっかりと基礎を固めることが大切です。
「自分の身体を正しい動作で動かせるか」を重視して、基礎的なトレーニングやスプリントトレーニングを実施していきましょう。またトレーニングをする中で多くのドリルを取り入れてあげると単純な動きから複雑な動きまで幅広く自分の身体を動かすことができます。
ジュニア期の冬期トレーニングメニューの例
基礎3:走り3:技術4 の割合で取り組む
月曜日 | サーキットトレーニング スプリントトレーニング(ピラミッド走やエンドレスリレー)、体幹補強 |
火曜日 | スプリントドリル、流し、技術系トレーニング 自重での補強 |
水曜日 | ハードルドリル、流し、秒間走、自重での補強 |
木曜日 | 休み |
金曜日 | 動的ストレッチ、スプリントドリル、技術系トレーニング 体幹補強、自重での補強 |
土曜日 | サーキットトレーニング、技術系トレーニング、スプリントトレーニング(ピラミッド走) |
日曜日 | 休み |
練習のポイント!
ジュニア期になってくると体格が大きくなり、ユース期に比べパワーも出てくるため、自分の成長度合いと比較しながら技術トレーニングの場面を増やしていきましょう。
自身の専門種目の技術トレーニングだけではなく基礎トレーニングも取り入れると、基本を見直したうえでより高い専門種目の技術トレーニングを積むことができます。また、体幹補強や自重での補強など、自分の身体を持ち上げる土台づくりも一緒に取り入れていきましょう。身体の中心から強く鍛えることができるため「ここ一発!」といった耐える力を身に付けることができます。
できない回数やセット数でトレーニングを組むと正しい動きが崩れてしまいケガのリスクも高まるため、最初はできる回数・セット数できれいに正しく動かすことを意識することが重要です。
尾崎コーチに強さの秘訣をインタビュー!
基礎・基本をとにかく徹底して取り組む
僕は棒高跳びを初めて今年で12年目となります。振り返ってみるとすごく長い期間競技を継続することができているなと感じますが、今思うと中学・高校時代は特に基礎や基本を徹底していたなと思います。棒高跳びを初めたてのときは右も左もわからず知識もなかったので、とにかく教わった基本動作だけをずっと行い、気付いたら基本動作だけをやりつづけてそのシーズンを終えてしまいました。
正直、当時は基本動作ばかりでとてもつまらず、いざ新しい動きに挑戦しても全く上手くできず、笑われる日々が続きました。「今の種目をやめて違う種目に転向したほうがもっと伸びるんじゃないか?」とも思い、当時の顧問の先生に種目を変えたいとの相談したこともありましたが、顧問の先生から助言をいただきながら、その後もひたすら地道に基本動作を徹底して棒高跳びに向き合っていきました。
現在も基本動作をベースにトレーニングをおこなっていますが、継続して基礎・基本をおこなっていた結果、2022年までの10年間で1度しかベストを更新できなかった年はありませんでした。
大切なポイントは「基礎・基本をどれだけ忠実に向き合って地道に取り組めるか」だと思います。速くなりたい、高く跳びたい、遠くに投げたいと思うと気持ちが入りすぎて、見た目のきれいさや自分がやりやすいフォームで取り組んでしまうことが多々あります。ですが、それは自分が気持ちよく取り組むことができるだけで今の状態から変わらずに終わってしまいます。「強い選手になりたい」「もっと速く、高く、遠くにいきたい」と思うのであれば、必ず基礎や基本に向き合い地道にトレーニングを行うことをお勧めします。
僕も棒高跳びを始めた当初は、全国大会はもちろん、関東大会や都大会にも出場できないくらいの状態からスタートしました。ですが、自分と向き合ってひとつひとつのトレーニングに取り組んだ結果、今の自分があると思います。最初から強い選手なんて一人もいませんが、弱い選手から強い選手になった人はいくらでもいます。みんながそんな選手になれるよう一人のコーチとして、一人の現役選手として一緒に頑張っていけたらなと思っています。
冬期練習はつらいことも多いですが、一緒に頑張って強くなりましょう!